いつもより一本遅らせた電車は、11両編成ではなく7両編成になっていたから、娘と並べる二人分の座席は空いていなかった。一番後部の車掌室手前のスペースにしゃがみこんで、娘を膝に乗せて話し込んでいると、こうしていられる時間はどの位あるだろうと思う。娘の手足は未だ小さいが、握っていると堅い骨が感じられて、随分とお姉さんになったのだと知る。普通の暮らしよりは二人で手をつないで小旅行する機会が多くて、この子が赤ちゃんの時からこうして往き来しているのだから、私は娘の手のひらの感覚をかなりしっかりと我が手にも残しているのだった。この茨城往復生活は、自分が知らないうちに多くの恩恵を受け取っているに違いない。
春の日差しが斜めに流れていく。たあいもない話を一時間続ける。
春の日差しが斜めに流れていく。たあいもない話を一時間続ける。
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書きものの洞窟の旅は、紆余曲折を経て、ようやく終わりつつある。なんとか無事に提出できそうで良かった、とほっと胸をなで下ろす。だけど、頭に禿げをこしらえたのが痛い。書き仕事の時、何故だか必ず体温が下がる癖があるので、髪を洗う度に物凄く熱いお湯を使って頭をあたためるのが習慣だったのだが、そのせいか(それしかないよ)軽い火傷を負っていたらしく、気が付くと自分の知らない自分が鏡に映っていた。このままでは三本指の妖怪ではなく河童になるな、と鏡を前にぼんやりする。育毛業界のCMに共感した事なんて只の一度もなかったが、薄毛の方々がどうしてあれほどまで自髪にこだわるのか、初めて少しだけ判った気がした。これからは無茶しないで髪も大切にしよう……。何か人格の尊厳を失うものがある。
金曜日があっという間に来た。夕方に娘と茨城へ。
金曜日があっという間に来た。夕方に娘と茨城へ。
起きたら夕方で、カラスが鳴いていた。娘が片思いの男の子を家に連れてきたので、ぼさぼさの髪のままおやつなどを差し出した。二人はゲーム機を仲良く覗きこんでいる。失われた半日に、しょんぼりした。残りの夜をどう有効に過ごそうか焦りながらも、自分一人忙しがったところで、世間は堂々と回り続けているのだから、心配しないでやって行こうと思い直す。眠りも生の一部とは知りつつも、つい勘定に入れ忘れてしまう。結局、気持よく眠る為にこの人生があるのかも知れず、自分のペースを乱して自爆している内はまだまだ修行が足らないのだろう。男の子は元気に駆け足で帰っていき、娘は嬉しそうに見送っていた。
書き仕事は一段落ついて、数日前から微調整の作業をしている。相棒のアドバイスを聞きながら、もう少し直そうと思う。
書き仕事は一段落ついて、数日前から微調整の作業をしている。相棒のアドバイスを聞きながら、もう少し直そうと思う。
気力の出ない周期がある。半歩上だけを見て過ごした。「ほんのちょっとの困難」が「最大の困難」よりも要注意の相手だな、とふと思う。「最大の困難」は実はまだ出会っていないのだし、この先だって対決はごく稀な機会に限られる。(もちろん会った時には一巻の終りだろうけれど。)「ほんのちょっとの困難」が、四六時中現れては、様々な痛手を残していく。この敵ほど人の弱さを巧みについてくる相手はいない。もっともらしい言い訳や、自己正当化、他人への責任転嫁を思いつかせる相手はいない。「ほんのちょっとの困難」を順次倒していくと、目の前で具体的に闘える相手としての、大トリである「最大の困難」が現れる。そう思って、そう屁理屈をこねて、我が身を励まして、ほんのちょっと困難だった日常の様々な雑事を、一掃することが出来た。