炎天下。葬儀場へ行く。DVD映像で流れる故人の写真、千の風に乗っての音楽がバックにかかる。女学校時代の写真や、結婚時の写真、初孫を抱いた写真など、何度かお会いした事のあるあのおばさんが、前歯を見せて笑っている。機会仕掛けの幕があいて、映画が終わったように明りがつき、会場からため息が漏れた。
読経が始まる。死後がどのような世界かは判らない。今は判らないが、死んでいく時の心細さ、痛みをとって欲しいと切実に願う気持は、きっと今の自分が知っている感情に近い筈だ。そういう苦しみの場所から遠く、遠く、なるべく遠ざかっていることを祈り、無心で手を合せることが、なんで虚飾であろうか。
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