長い長い待ち時間のあと、ストレッチャーに乗せられて、出来たてのお骨がやってきた。葬儀屋の係員は必要以上にきびきびと指示する。何百体ものお骨を処理してきた自負だろう。手際の良さが板についている。骨の部位を示し、この骨はどこそこ、と細かく説明する。係員は自身がいつか死ぬ日の事をあまり信じていないようだ。私もそうだ。せめて見ておこうとお骨を見つめる。お骨は何も語ってはこない。私はじっと見つめるふりをしていた。睨むような目付きだけだった。
周囲を見回すと、若い人も、老いた人も、子供も、皆それぞれお骨を前にして神妙な顔をしている。本当にこれが人の終着点だろうか、と心の底から疑問に思う。葬式が全ての終わりなんて、到底信じる事は出来ない。
綺麗な斎場から出て、蒸し暑い風の吹く中で青空を見上げると(斎場では何故か必ず雲を見てしまうのだった)色はあまりついていなくて、草原にはとんぼが飛んでいた。近未来のような灰色の建物から、喪服の人々がぞろぞろと出てくるのが見えた。
夕方、どこでもドアで東京に戻る。
周囲を見回すと、若い人も、老いた人も、子供も、皆それぞれお骨を前にして神妙な顔をしている。本当にこれが人の終着点だろうか、と心の底から疑問に思う。葬式が全ての終わりなんて、到底信じる事は出来ない。
綺麗な斎場から出て、蒸し暑い風の吹く中で青空を見上げると(斎場では何故か必ず雲を見てしまうのだった)色はあまりついていなくて、草原にはとんぼが飛んでいた。近未来のような灰色の建物から、喪服の人々がぞろぞろと出てくるのが見えた。
夕方、どこでもドアで東京に戻る。
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