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人間になればよかった...
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深夜、左側の頭の中で、何かが起こっている。右半身に違和感があり、手首と足がしびれている。剃刀で知らない人と切りあう夢を見た。感情だけが残って、しかもリアルな感情なものだから、目が醒めて10分くらい動く事ができなかった。精神の病と闘っている友人の気持が今だけはよく判る。この異様な現実感は、今この時間帯にしか実感できない。

朝、目が覚めたら、心がまったく違っていた。自分の変化に戸惑っている。いつもと同じ予定を過ごした方がいいのだろうか。ただ、何かとても怖ろしいような気がする。身体の感覚が鈍い。こんなことは初めてだから、怖いと思う。落ち着こう。とりあえず手足は動いている。笑うことも出来る。落ち着け、落ち着け。
相棒にも症状を伝えた。万一の時は相棒もいるし、娘も無事だし、何も怖いことはない。大丈夫。落ち着くことだ。様子を見て、変だったら病院に行けばいい。
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小学校の時は職員室が好きだったし、人の家に遊びに行けば、物置みたいな部屋が好きだった。ディズニーに行けば、柵の向こう側が気になる。私は多分宿命的に、楽屋裏が気になるのだと思う。隠していることがあるから、成立している。楽屋裏のない場所はないのかと、いつも思っていた。
バイトをしていて、そんな自分が好きなのは、当然、楽屋裏の商品の山積みや、店員さん達のロッカーや、野菜をカットする為のスペースなどだ。手を洗う為の水場、アルコールの除菌用のポンプなど、時間が許すかぎり眺めていたい。
茨城から東京に戻ると、都議会選挙の投票日だった。夕飯のあと、家族三人で小学校へ歩いて向かった。夜の散歩が娘には嬉しいらしく、今日はとっておきの秘密を見せてくれると言う。通学路の途中、殆ど目に止まらない鉄柵の一カ所に、ぺらぺらの薄いリボンが結ばれていた。2年前、転校した親友の女の子と2人で結んだものだという。聞いて驚いた。ただ固結びしただけのリボンが、よく通行人に見つからなかったものだ。娘は、これが卒業になるまでほどけなかったら、友情は永遠だ、って二人で決めた、という。何度もここを通っているが、まったく気に留めた事もない鉄柵だった。
誰かに解かれたら、それでおわり、という説明だった。鉄柵から離れると、緑の茂みに完全に囲まれて、再び見えなくなった。
それはいかにも頼りなく見え、でも確かに隠れている気もしてきて、こんなどうでもいい道ばたの場所に、運命をいきなり賭けるなんて、神は細部に宿るの格言みたいだな、と思ったのだった。
娘は『童貞』の言葉の意味を、半分くらい理解したようだ。
疲れて宿題できない、と娘が泣いて、普段の週末より一時間遅らせて茨城へ到着。そうなると家に着くのは夜の10時で、さすがに疲れを感じる。義母と元気になった娘が手をつないで真暗な家へと歩いていく。今日は強風の日で、家のトマトの苗にかけたビニールハウスが飛ばされたらしい。義母の言う通り、畑を見ると骨組みだけが哀れに残っている。素人のやり方で、セロテープで貼っていただけのハウスだから、いつかこうなるとは思っていた。明日は草刈りと。ハウスの修理。点滅した頭の中の豆電球、ちか、ちか、と弱く光る。風は止んだ。今夜は豆電球の星が出ている。
木曜日はI駅へ行く。ほうじ茶と海苔は9年間、商店街の小さなお茶屋さんで買っている。最近、店のお婆さんが同じ話題をふってくる。「お宅の家は、朝ごはんは和食なの?」私は少し心配している。「はい、大体和食です」前と同じ返事をすると、若いのにねえ、とお婆さんは言って複雑なため息をつく。なぜため息になるのかは判らない。
お婆さんは毎日この店でお茶の袋を並べたり、来た人と話をしたりしているのだろう。それはいかにも長い時間だったに違いなく、後ろ手をしてぶらつくお婆さんのサンダルの踵が、ひどく磨り減っている。多分、生涯現役でお店に立つのだろう。異変などにいちいち躓いてはいられないとばかりに。
お茶屋さんから、歩くと公園がある。緑の公園は気温がせり上がって、全体が燃えるようだ。
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