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人間になればよかった...
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堅くなった言葉をほぐして、深夜にやっと日記。仕事のプレッシャーが始まったので、日記に影響してきた。運動も続けたいし、家事もしっかり、字の勉強もしたいのだけど、体力の残量が乏しくなっていく。自分の目盛り、というのが背中についてたらいいのに。外から見ても一発で判るのに。頭をどんどんと殴って、ようやく言葉をとばす。もう頭にこぶが出来ている。毎日更新は自分の趣味で、こぶも趣味なのか。仕事が来ると、容赦なくカウントダウンの〆切時間に向かって吸い込まれるので、支離滅裂になって、こぶどころでは済まなくなる。
こぶを撫でているうちに、知らずに2つに増えていた。分裂したらしい。なんでも出来る人間には憧れる。そんな人は存在しないのかも知れないが。
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商店街に向かう道は登りの坂道で、気に留めたことのない場所に沢山のピンクの提灯がぶら下がっていた。ほぼ毎日使う道だから、好きな色やリズムや形を見つける事が出来てよかったと思った。地を這って暮らす、毎日ここを見上げる、元の灰色の時間に戻ってしまう前に、商店街の名を書き記した古い提灯を、美しい光の輪のままに、濡れた様な星空の下に定着させて。
嘘を全部外していったら生活が出来ない。文章の装飾もできない。人とも関係を持てない。振り子のように、往き来する心。
娘と二人で電車を乗り継き、小さなS駅の改札へ出た。お母さん友達のTさんは子供を連れて駅まで迎えに来てくれていた。久しぶりだね、とお互い言うのが精一杯で、なにか軽い調子の話をしながら、五分ほど歩いた先のTさんのご自宅に向かった。
温かいコーヒーをいただいていたら、時折背後でカナリヤが鳴いた。メスが一羽いて、無精卵の卵を抱いているらしい。籠の中を覗くと白い卵が見えた。何週間もこうしているんだけど、可哀想だから抱かせてるんだ、とTさんは優しい目をさらに優しくして笑った。
自分は考え違いをしていた。昨日は随分馬鹿なことを考えていた。必ず治癒する、私のような周りの者がTさんの敵なのだ。必ず治癒するのだと考える者だけが、ほんとうの覚悟を生きている。昨日の自分の浅はかな、諦念めいた態度を恥ずかしく思った。何も判っていなかった。Tさんにも御主人にも恥ずかしく思った。
子供達はずっと遊びたがったが、夕暮れが深まる前に帰ることにした。Tさんは私達の訪問を喜んでくれたようだった。Tさんと手をふったら、Tさんがこっちを見ているのか、私がTさんを見ているのか判らなくなりそうだった。
東京の自宅に戻る。植木鉢の乾いた土に水をかけて、年賀状を娘と一枚一枚眺めた。相棒宛の沢山の仕事相手と、私宛の数少ない知人で構成された葉書の束だ。手が止まる。闘病中の御主人を看病しているお母さん友達のTさんからだ。彼女は事実を隠していた、私と彼女自身の為に事実をずっと言わなかったのだ。苦い味が口に溜まってきた。会いに行かなくては、と何度も考える。何度も考えているうちに、彼女が私に打ち明けたことの意味が重くのしかかってきた。
日常の時間が貴重なひとしずくだと実感する。究極のところ、いつでも失われるものの上で眠っているに過ぎない。
夜、帰宅した相棒と久しぶりに再会。挨拶もそこそこに、二人で仕事の話をする。原稿書きの手伝いを頼まれた。最低一ヶ月はかかるだろう。バレエやジョギングは出来なくなるかも知れないけれど、この日記だけは継続したい。
今日も家の周囲を15周走った。三日連続でやって、思ったより苦しくないものだと判った。子供の頃はマラソン大会が死ぬほど嫌いだったのだけど、それはスピードを調節する事を知らずに、全力走をスタートからゴールまで続けていたからだったのだろう。走るといえば喘ぐような呼吸困難の記憶しか浮かばなかったが、歩きたければ歩いてもいい走りとは、まったく別物なんだと知って嬉しくなった。これなら苦しくない。茨城だけでなく、東京でも場所を探して走ってみよう。
明日は東京の自宅に戻る日だ。カートに大量の荷物を詰めこんで、帰り支度を済ませた。夜、家族とおぬま弟さんとで、中心街のM市にあるレストランでフランス料理をご馳走になった。義母が計画してくれた大企画だ。計画した義母も緊張していた。目の眩むようなお料理を、ありがたく、おそるおそるいただいた。ナイフもフォークもぎらぎら光っていた。味は、ほとんど夢と同じだった。
私は茨城生活が好きになってきた。娘が生れて8年、こうやって頻繁に通って、欠かさず過ごしてきたけれど、ようやく少しずつ実って、自分自身と環境との調和が叶い始めている。あとは電車の往来の困難さを解決するだけだ。それも多分今年中に解決する事が出来るだろう。全ては良い形でまた始まっていけるだろう。
私にとって、人の為に生きないことはとても難しい。他人の不機嫌を回避する道を選んで生きてきた。それは相手が好きだからそうするのではなく、単に習慣から、相手が機嫌がいいと、自分が安全だと感じてきたからだ。
自分を越えていかないと、自分も不機嫌によって人を調節する状態から抜け出せない。
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