白壁をじっと見る。蛍光灯に照らされて、薄いしみや、何かの線が浮かび上がっている。言葉が先だったのか、気持が先だったのか、字である程度整理できるまでは、いつも胸の奥の方で混沌のように、渦を作っているなにかを持て余していた。それは多分考えてはいけないことだったり、言ってはいけないことだったりした。歳をとって字を沢山書くようになってからは、指にまかせた字の方が、自分の本当の姿だったことにして済ませたりした。心に形を与えるということは、それを終わらせるということであり、次へ向かうということでもある。しかし現実には、混沌のまま引っ張り出さず、胸の奥の定位置に置いておく方が、ずっとましという場合だって、あるのではないか。時間が経ってから、初めて何が起きたのか判る経験が、この人生では沢山あって、それを待たないことは、自分で自分を欺きながら、気が付かない場合だって、あるのではないか。
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