まだ日の暮れないうちに東京に戻り、I駅で久し振りに家族三人で食事をした。アジアの不思議な香辛料が入ったご飯を食べながら、辛いのも甘いのも美味しいなと思う。相棒は撮影で何回かアジアを旅しているけれど、自分は一度も日本から出たことがない。外国にも空気があるのかなと思う。地面がゆるくて、乗ってみてスポンジみたいだったらどうしよう。
インドネシア料理のナシゴレンを匙で崩しながら、昔、娘の幼稚園で友達だったSさんを思い出す。彼女はインドネシア人でイスラム教を信仰していたが、毎日のお祈りも断食の月も意外にいい加減だった。色んな人がいるのだなと思った。笑顔の素晴らしい人だったけれど、滅多に笑わなかった。Sさんは日本語がうまく喋れなかったので、お母さん達の輪に入れなかった。卒業の年の正月、Sさんへの年賀状に、辞書丸写しのインドネシア語で「いつかインドネシアに行きたいです」と書いて送ると、平仮名ばかりの年賀状がかえってきた。表紙は娘さんに書かせたと思わせる子どもの字だった。そして、インドネシア語で葉書に長文を書いて送ってくれた。私は辞書で調べてみたが、手持ちの薄い辞書では判読できずに挫折した。まだ持っている。Sさんの国なら行ってみたいと思う。葉書も解読して持って行きたいが、叶うだろうか。
インドネシア料理のナシゴレンを匙で崩しながら、昔、娘の幼稚園で友達だったSさんを思い出す。彼女はインドネシア人でイスラム教を信仰していたが、毎日のお祈りも断食の月も意外にいい加減だった。色んな人がいるのだなと思った。笑顔の素晴らしい人だったけれど、滅多に笑わなかった。Sさんは日本語がうまく喋れなかったので、お母さん達の輪に入れなかった。卒業の年の正月、Sさんへの年賀状に、辞書丸写しのインドネシア語で「いつかインドネシアに行きたいです」と書いて送ると、平仮名ばかりの年賀状がかえってきた。表紙は娘さんに書かせたと思わせる子どもの字だった。そして、インドネシア語で葉書に長文を書いて送ってくれた。私は辞書で調べてみたが、手持ちの薄い辞書では判読できずに挫折した。まだ持っている。Sさんの国なら行ってみたいと思う。葉書も解読して持って行きたいが、叶うだろうか。
PR