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人間になればよかった...
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相棒には「脳味噌がゆるんでいそう」と称される私の面相だが、油断が多いのだろう、知らない人からよく道を聞かれる。今日は東京の自宅に戻って、相棒と久しぶりに再会して頬をあからめた。そんな事絶対ある訳ないが、無言で頷き合ったあと、溜まっていた洗濯物を全て片付け、喪服を鞄につめて、深夜、再び茨城へ向かった。
ホームに立っていると、「申し訳ないのだが、ここはどこに着くんでしょうか」と話しかけてきた方がいる。文字どおり右も左も判らない態で、年配の男性が困りはてた様子、乗り換えの説明をしたが不安そうなので、途中駅までご一緒することにした。帰宅が遅いと奥さんや孫に叱られること、東京育ちで所沢あたりはどこも詳しいが、電車は全く利用しないとのこと、会話は普通に成立していたが、乗り換え口で切符売り場を教えたら、たった120円しか持っていない。へんだなと思ったが、目的地までの差額110円を貸すことにし、駅員さんに何番線か確認して、改札の前に送り出した。拝むようにして「お姉さんと別れるのが名残惜しい、こんな変なじいさんに絡まれて、さぞやご迷惑だったでしょう、本当にありがとう」と言うので、「おじさんも御元気で」と別れた。予定外のことで上野駅へはぎりぎり滑り込みになったが、自分の方も無事乗れたからこれはよし。……しかし、車内で思い返すにつれ、次第に、違和感と心配の方が強くなってきた。ちょっとした外出にしては、鞄も上着も持たず、所持金120円でどこに行こうというのだろう。あまりにも身軽すぎるような気もした。人助けと思いこみ、言われるままに乗り換え口まで連れていってしまったが、万一、記憶障害の可能性はなかったのか。自宅に帰れないような所まで運びだしてしまった可能性はなかったか。ああ、しかし、どうしようもない、と窓の外の景色は流れに流れる。もうお会いすることはないのだろうし……。
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