精一杯

気を抜くと眠ってしまう。今夜は疲労が深い。自分の身体をバンバン叩いて目をあけている。氷を入れた水で顔を洗ってようやく画面に向かった。……今、これを書く間にも３分くらい寝てしまった。今日は考えをまとめて書くことが出来ない。
早朝、おぬまさんを送り出して主婦仕事を全部済ませ、Ｉ駅にあるバレエ教室で身体を鍛えてから、Ｓ駅にある日本映画学校へ行って学生達と頭をしぼった。しぼり滓になった自分が電車に乗って帰ってくると、鍵をあけて留守番をしていた娘が涙ぐんで待っていた。
自分の限界はもっと先にあった。眠いから何も考えられないけれど、ただ一言でも手でも足でもつねって書こう。書くことが出来るうちは書いて暮らそう。明日のために暮らそう。

曇り空の運動会

曇天、ようやく運動会が行われた。ビデオカメラを持って小学校へ行った。
物凄い数の保護者の頭で、撮影しても頭が阿武隈山地のように映る。娘がどこにいるか懸命に目をこらすのだが、誰も皆似たような恰好で、迷彩で隠れている獲物を見つける難しさだ。銃で標準を合わせるように目をこらして、娘を発見。後頭部ばかり撮る。
応援合戦をする小学生達は、なかなか気分が盛り上がってこないようだった。土日と延期になって、さらに二日のお休みを挟んだせいか、高めてきた緊張感が途切れてしまったのだろう。静かな運動会はなんだかシュールだ。リレー競争になった頃から、ようやくうねるような興奮が巻き起こってきた。応援している子供達がタオルを頭上で振り回している。子供達が必死で真剣勝負している所を見ると、やはり見ていて感動する。歓声も表情も気持よかった。
お昼に一旦自宅に戻る。学生からの原稿がＦＡＸできちんと届けられていた。読んで目が点になった。全体的に直しますと約束した筈が、届いたものは、台本の形式っぽく印刷しただけの、同じ原稿だった。一体どういうことだろう、とぼんやり考える。彼らはいつも相談しているが、動き出すことは出来ないのだ。始める前に勝負から下りている。
小学校に戻って、娘の撮影をしようと思うが、心を立て直すのに時間がかかった。しばらく放心したあと、バレエのポーズをして気を取り直した。そして午後の小学校に向かった。

相棒の傍らで

早朝、おぬまさんは三時間だけ寝て、また起きる時間になった。目覚まし時計で起きられない事は見た目ではっきりしているので、相棒の私が起こす事にしている。撮影に入る前からおぬまさんは全然寝ていない日が続いていた。身体を揺らしてあげると体温がすごく低い。声をかけると、「死ぬ……」と、不吉な言葉を漏らした。
自分と娘はおぬまさんの命を食べているのだった。おぬまさんはまだ生きていて、むくりと岩のように起きた。まだ明けない朝の中、また現場に出て行った。
今日も小学校は代休。起きてきた娘にご飯を食べさせてから、留守番を頼んで、近所のＢ先生のストレッチ教室に行く。自然体のレッスンで身体の隅々を伸ばして、解毒作用のように感情の掃除をする。死にそうになっている相棒の傍らで、鏡に向かって踊りを踊っている自分が、急に輪郭をくっきりとさせてきた。私は仕事をしなければならない。無能な自分でもなんとかしなければいけないのだ。
昼から午後は家でずっと掃除をして過ごす。学生が連絡をきちんとしてくれるようになった。第一声から今までとは違う、明るい響きが含まれていた。違う人と話しているみたいだ。もう彼らは自発的に動き出している。電話を切ったあと身体の力が抜けた。ほっとして嬉しくなり、娘のほっぺたをつねったりして遊んだ。

交差

今日は小学校が代休。娘を連れて電車を乗り継ぎ、Ｓ駅にある日本映画学校に行く。地下にある学生達の教室に入っていくと、クラスの全員で脚本についての討論をしている。状況はあまり進展していないようだ。空いていた椅子に座って、学生のやりとりをうつむいて聞く。顔をあげると、目の前の壁にはサッカーのベッカム選手のポスターが貼ってあり、「５０円かえせ！」と吹き出しマークが描かれている。
教室にＴ先生がいらっしゃる。娘を見て、おお随分大きくなったじゃないか、と大声で笑った。拙い私の指導を責めもせず、よろしく頼むな、とまた頭を下げられた。自分は何か先生に叱られるよりも、先生の額の方が身に染みる。
脚本チームと向かい合って話す。学生がうまく書き出せないのは、学生のせいではないと気がついた。指導を一旦引き受けた以上、力を出し惜しみしている場合ではないのだった。
帰り道、疲れて電車に乗る。上手くいって欲しいと親心のように願う。メンバーの皆に情が湧いてきた。娘は温和しく座席で漫画を読んでいる。電車の流れる車窓を見ていたら、ふと、昔の同期が目の前に現れた。何か微笑してしまう寂しさだ。もう会うこともない仲間や、苦労するためだけにあったかのような、実習作品の数々や。

運動会、またまた

昨日と同じ時間に起きて、お弁当を作る。カーテンをさっと開けたら……また小雨だった。今度は寒そうな気温でもあり、天気予報によれば一日雨となっていたので、これは中止だなと思う。お重には詰めず、最初から娘用の小さな弁当箱に中身を詰めて持たせる。２回目の延期で、今度は水曜日に行われる予定となった。
ちなみに、おぬまさんは昨日から撮影現場に通い詰めなので、どのみち運動会には来られないのだった。
部屋を一通り掃除した後、ここ数日前から試作している、えひめＡＩを覗いてみる。最初は泡がぶくぶく出て炭酸飲料そっくりだったのが、数日経つとすっかり収まって、薄黄色い液体と白い沈殿物の二層になっていた。多分これは細菌の塊のようなものだろう。使用感でいうと、市販の漂白剤よりは即効性に乏しく、また特有の匂いを敬遠する方もいると思う。ただ、水垢やカビに対する効果はとても優れている。使い終わった後も細菌が生きているせいか、長く清潔さが保たれる点も魅力だ。万人向きではないようにも思うが、もう少し使ってみて、継続するかを決めようと思う。
午後、娘が靴下を濡らして冷たい足で帰ってくる。続いてちびっこのお友達が３人、雨の中遊びにやってきた。皆、元気が余っていて、楽しげに暴れたりして、練習中の運動会の踊りなども披露してくれた。色とりどりの傘を広げて帰っていった。

運動会

今日は娘の運動会。早起きして重箱にお弁当を詰めた。さっとカーテンをあけると……小雨だった。空が明るく、ごく細かい雨粒がしとしと朝日に当たっている。実施か延期か、こんなに微妙に迷うお天気も珍しい。
娘にランドセルと体操着の両方を持たせて送り出した後、はっきりしないまま時間通りに学校へ行ってみた。校門には濡れた紙が貼られている。『９時半までに雨が止んでいた場合、１０時から予定通り実施いたします。』これまた微妙な感じ。他の父兄の人も空を見上げている。
張り紙が出るまでのごく短い間、離婚に悩むお母さん友達のお宅にお邪魔した。御主人がいらっしゃった。あ、と思うが、相手の方も多分、私の存在を聞いていたのだろう。言ってみれば、初対面からもう自己紹介済みのようなものだった。今日はやはり中止でしょうね、とお互いに礼儀を尽くして穏やかに会話する。
九時半、はたせるかな結果は中止だった。家に戻り、原稿など書きながら、娘用におかずを小さい弁当箱に詰め替える。娘は中止になってがっかりしている事だろう。お昼近く、お弁当の入った紙袋を持って教室へ行くと、せっせと夢中で図工の画を描いている娘の背中が見えた。
……お昼、お重の蓋をあけて、残りのおかずを一人で食べる。